もともと漢字の「国」の本来の意味は「城壁をめぐらした都市」である。
日本語の「国家」の意味ではない。
「国」の正字は「國」で、この字のクニガマエは四角な城壁を表し、そのなかの「或」は「域」と音が同じで、城壁の内側の空間を意味する。
昔のシナでは、城壁をめぐらした都市は皇帝に直属するもので、これを「県」とも言った。
「県」の本字の「縣」は、これにシタゴコロをつけた「懸」と同じで、「直属」という意味である。
だから紀元前二~後一世紀の前漢の時代には、皇帝のことを「県官」とも言った。
「県官」を後漢の時代に言い換えたのが「国家」で、どちらも「都市の主人」である。
古い日本語で天皇を言う「ミカド」が宮殿の門を指し、「皇居の主人」の意味であるのとよく似ている。
この、もともと皇帝の別名であった「国家」を、十九世紀になって、英語の「ステイト(state)」、フランス語の「エタ(etat)」、ドイツ語の「シュタート(Staat)」の訳語として採用したのは、明治時代の日本人であった。
現代中国語で「グオジア」と発音される「国家」は、この日本語から借用したものである。
ところで、こうした現代ヨーロッパ語の言葉は、いずれもラテン語の「スタトゥス(status)」からの借用である。
「スタトゥス」は動詞「スターレ(stare)」(立っている)の完了分詞系で、
「立っていること、位置、状態、地位、身分」を意味する。
漢字で、「立」にニンベンをつければ「位」になるのに似ている。
英語にはまた、ラテン語から直接借用された「ステイト」の他に、
ノルマン語経由の「エステイト(estate)」という言葉もあって、こちらは「身分、階級」の他に、身分を保証する「財産」を意味する。
これでわかるように、「国家」の本来の意味は、「君主の位」であると同時に「君主の財産」だった。
つまり、シナで「国家」が「国家」の本来の意味でなかったのと同じように、
ヨーロッパでも本来「国家」を意味する言葉はなかった。
岡田英弘著作集Ⅰ 歴史とは何か より
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国家の意味と語源
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