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セオドア・ルーズベルトと金子堅太郎の女子教育についての会話

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セオドア・ルーズベルト
「しかし日本人はまだ欠点がある。
これは君だからはばからず申し上げるが、日本は女子の教育が遅れている。
日本の女子をもっと向上させなければならぬ」
とこう話しました。

そこで私は、
「そうか、しかし僕は言う説に一概に反対もせぬ。
それは日本の女子の教育にも又位地にも多少欠点がある。
これは古来からの習慣だから従って欠点にもなるが、それは漸次改良していく。
しかしぼくは日本の女子をして貴国の婦人の如き教育を施したくない。
これは我々は絶対に反対である
。」
大統領夫人の前で私はそういった。

そうして
「それはどういうわけかというと、君の国の中流以上の女子の有り様を見ると
学校の教育は殆ど男女同じようなものである。
学校を卒業した相当の年配の者は、それ相当の名望家の婦人ならば、ただただ綺羅錦繍を身にまとうて夜会に連なり、近所の人達からちやほやもてはやされて交際場裏の花とうたわれ、
又或いは軽車に乗り肥馬に鞭ち、公園を廻って意気揚々と己の美貌を世人にみせびらかし、
しかも自分の家の子どもの教育は保母に任せて、自分が産んだ子どもの教育さえしない。
しかしてその女学校とか、女子大学とかにいけば、男のする仕事と同じ仕事をしている。
結局女をして貞淑よりはむしろ男性化させるというのが今のアメリカの女子教育である。
君は知っているであろう、イギリスの詩人のゼームス・トムソンという人がどういう人がどういうことを言っているか
”Men were wild til woman smiled”『男は野蛮でありし、女が一度世に出て微笑むまでは』
女なるものが現れて微笑をたたえて男に接したから、男の粗野な野蛮な性質が和らいだ。
男というものは元来性質粗暴である。
それを軟化させて立派なる文明の民にするのは女の天職だといっている


そうするとルーズベルトが
「しからば日本の女子の教育はどうしているのか」
と聞き返しました。

そこで私は
「今はややヨーロッパやアメリカの女子教育に似てきたが、それでも我が国の封建時代や我々の育つ頃の女子教育の方針は今なお維持している。
勿論学術技芸等は欧米から輸入しているが、しかし女子教育の精神は古来のまま厳として存している。
婦人は家庭団欒の中心となるということを始終考えている。
ゆえに家庭においては子供と苦楽を共にして、子供が泣けば自ら涙を流し、子供が喜べば自ら喜んで、子女とその苦楽を共にして、家庭の灯明となり、光彩となるということが女の理想である。
又夫に対しては内助の勤めに従事し、常に経済を整える任に当たる。
ために夫は外に出ても少しも内顧の憂いを感ぜず、家事の煩累を夫の念頭から去らしめて、
専心一意夫をして国家のため又は業務のために働かせるというのが、
これが日本女子の理想である。
よって女子は良妻賢母、家門の繁栄、祖先の名誉を長く保つということを常に念頭に置く。
日本の女子教育の理想はこういうのである

と申しますと

ルーズベルトも、
「それはぼくも同感だ。
ぼくも今日のアメリカの女子の教育には、不満足を感じている。
君の言う日本の封建時代の女の教育に賛成だ。」

ここまで
後日ルーズベルトは金子のこの話をそのまま使って講演を行う。

日露戦争 日米外交秘録」 金子堅太郎 より


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