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歴史のある文明 歴史のない文明 岡田英弘など

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歴史のある文明・歴史のない文明/筑摩書房
¥2,957
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私の好きな歴史学者、岡田英弘さんが共著の本です。

<あるべき姿の叙述>
中国の皇帝の歴史は、いかにも完備したもののように見えるが、
実は核心に触れる部分がすっぱり欠落している。
正史の窮極の資料である「実録」は、中央政府の公的な最高機関から
皇帝に提出されて決裁を受けた文書に基づいて編纂されるものである。
しかし皇帝の生活には私的な面もあり、
実質的な決定手続ではそちらの方が重要であることが多い。
例えば軍事は国家の最高機密であって、表の政府機関を通さずに決定される部分があるが、
こういうことは記録に残らず、従って正史には記載されない。

中華人民共和国において中央軍事委員会が最高の権力機構であるのを見ても明らかな通り、
皇帝の権力の真の基礎は常に軍隊であったが、完了が編纂する正史はそのことを無視し、
あたかも官僚機構だけが皇帝制度を支えてきたかの如き叙述をする。

これは実際の権力者である軍人が文字に縁がなく、自分の立場を表明する機会がないのと、
正史は文人官僚が理想とする、世界のあるべき姿を叙述するものだからである。

歴史は基本的に、あるべき姿の叙述である。
何が真実で、何が虚偽かの判断の基準は、
どんな文明でも、そう信じたいという好み、趣味である。
そのため複数の文明圏に跨った事件の叙述、解釈は、
一致するほうが珍しくて食い違うほうが普通である。
異民族の歴史についての中国人の記録が信頼出来ないのも、
中国人の好みが独特のものであるためである。

中国文明における歴史とは、そのようなものである。
もう一つの歴史のある文明である地中海文明での歴史とは、根本的に違う性格のものである。
黄帝以来の正統の皇帝の歴史と、
ローマ帝国を基準にして古代、中世、近代を区分する歴史とは、
二つの異質の世界観に基づいた文化であって、
本来異質の文化に属する記録を単純に混合しても、統一した世界史には成り得ない。
東西文化の比較は、先ずこの根本的な違いの認識から始めなければなるまい。

<漢字の特殊性>
漢字は言葉をあらわしている文字ではないということです。
漢字で書かれた文章を中国語のどの方言で読むこともできるし、日本語で読むこともできる。
英語で読むこともできるし、そのほかあらゆる言葉で読むことができます。
たとえば、古代ウイグル人はトルコ語で読んでいました。
これはどういうことかというと、漢字は音を表す文字ではないという基本的な性質があります。
意味を表す表意文字である。
表意文字である以上は、どんなふうに読んでもいいはずです。
ーー中略ーー
次に漢字の音の方に移ります。
あえて漢字の音と申します。中国語とは申しません。
漢字の音は非情に奇妙な性質を持っている。
これは皆さん、あまり慣れすぎていらっしゃるのでお気づきになりませんが、
漢字の音というのは、原則として一字に一音しかない。
漢字は表意文字であって、しかもいろんな使われ方をしますので、
同じ字でもいろんな雑多な意味を持っています。
しかし読み方は、どの意味の場合でも同じです。
第二に、その読み方が一音節であるということです。
子音で始まり、母音が真ん中に来て、最後に子音が来るという非常に単純な構造を持っています。
それから、漢字で書かれた文章を当てはめられた一字一音節の音で発音してみた場合、
これが中国語になるのかという興味ある問題があります。
そうはならないですね。
漢字で書かれた漢文をどんなにきれいな北京語で発音しても、
普通の中国人にはまず意味はわかりません。
つまり、漢字で書かれたものがそのまま中国語というのではないのです。
これは非常に重要な性質です。
台湾でも香港でも、テレビをご覧になればわかりますが、ニュースの番組ですら、
アナウンサーが読み上げているその下を、たいへんなスピードで漢字が駆け抜けていく。
どういうことかというと、音はほとんどなんの意味もないわけで、漢字の方に意味がある。
ーー中略ーー

漢字の音にはインフレクション(語形変化)が全くない。
まず、性も数も格もないし、それどころか動詞と名詞と形容詞の区別もない。
しかも文法がない。
漢字は表意文字ですから、どういう順番で並べても、全体として見れば同じ意味になります。
現に、漢文には決まった文法というのがありません。
これが言語でありうるはずがない。
ですから、中国のように、いまでも地方ごとにまったく違う言葉が通用しているような
広大な大陸の上で、漢字が数千年にわたってコミュニケーションの手段として
有効であった
わけです。
つまり、どんな言葉を話していても、そういうこととは関係なくコミュニケーションに使える。
ーー中略ーー

日本人は中国人よりも、漢字を使うにあたってはるかに有利な立場にある。
実際に中国人が漢字を扱う苦労といったら、日本人の比ではない。
日本人はやすやすと漢字を覚えて、使いこなせます。
なぜなら、ルビという方法があるからです。


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