ここで有名な聖断の瞬間がくるわけである。
時刻はすでに8月10日の午前2時である。
その大詰めの部分を目撃者である迫水氏の回想記から引用する。
ここで鈴木総理が立たれた。
私は総理が自己の意見を述べられるのかなと思っていると、総理は自分の意見を何も述べないで、宣言をするような形で、
既に長時間にわたって論議を重ねたが結論を得られない。
しかし事柄は極めて重大であり、また一国の猶予も許さない状態にあるから、前例もなく、
おそれおおいきわみであるが、この際、陛下の御思召を伺い、
それに基づいて会議の決定を得たいと思う旨を発言されると、
そのまま陛下の玉座の前に進まれた。
私は「いよいよ」と思った。
しかし、会議場は、一瞬、驚きの気配というか、意想外のことがおこったというか、
ハッとした空気がみなぎった。
ーー中略ーー
そこで下された陛下のご決断は、字句としては簡単なものである。
陛下は「それならば私が意見を言おう」と口を切られ、そして、
「私の意見は、先程から外務大臣の申しているところに同意である」と仰せられた、という。
即ち戦争終結の機会を更に先に延ばす(その分だけ国土の荒廃と国民の死傷を増大させる)恐れのある四条件の付加を止め、直ちにポツダム宣言を受諾せよ、という意見を表明されたわけである。
そのあと陛下は「念の為に理由を申しておく」と言われて、
まことに明晰に、これ以上戦争を継続しても我が国の立場が有利になる保障はなく、
ただ死と悲惨とが増大するばかりだと述べられ、そして先程の参謀総長の所見は、
現地視察をした侍従武官から自分が受けた報告と食い違っている、
本土決戦の準備が整ったとは信ぜられない、と手痛い指摘を下されている。
これは陸軍は自分を騙しているのではないか、と叱責されたに等しい、重大なことである。
「宰相 鈴木貫太郎」 小堀桂一郎より