初代、初代内閣安全保障室長の佐々淳行さんによる著書
古巣の警察についての自分の経験も踏まえながら、通常の警察本とは違った視点から解説している。
とても興味深い本です。
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ソ連のフルシチョフが訪問した時など、フランスの警察は敵性行動を取るおそれのあるテロリストや反ソ派の学生、ド・ゴール派の右翼などを一万人も予防検束した。
今の日本でこんなことをすれば、マスコミは「人権侵害!」の大合唱になるだろうが、
その人権概念発祥の地であるフランスで、当たり前のように行政警察権が行使されているのである。
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戦前は物的証拠が不要だから、警察はとにかく被疑者の自白を得ることに専念する。
そのせいで、拷問のような強引な取り調べが少なからずあったことは事実だろう。
そんな中から、冤罪事件も幾つか生まれた。
その反省から、戦後の刑事訴訟法では徹底した証拠主義が採用されることになったのである。
したがって現在は、たとえ逮捕された被疑者が「自分がやりました」と自白しても、
それを裏付ける物的証拠がなければ、まず有罪にはならない。
また被告人には弁護士を選任する権利が与えられ、経済的にその能力がない者には国選弁護人がつけられるようになった。
こうした制度は、被疑者の人権を守り、冤罪を防止できるという点で優れていることは間違いない。
しかし、物的証拠を残していなければ逃げ切れる可能性が高いわけだから、犯罪者にとって有利な制度であることも確かだ。
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警察法第60条は、警察庁から都道府県警察への人員派遣も可能にしている。
つまり、これも間接的なスタイルではあるが、擬似FBI的な立場で警察庁の職員が捜査や警備の指揮を取ることもできるのである。
警察法第60条に基づく「日本版FBI」の第一号はわたしだった。
昭和47年2月19日に発生した連合赤軍浅間山荘事件の際、私はこの「60条派遣」によって現場に入り、2月28日に人質を救出して犯人全員を生け捕りにするまで、警備の陣頭指揮を取ったのだ。
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(警官が正当防衛で発砲した)事件からちょうど一年後の昭和46年12月18日、
柴野の一周忌に悲劇が起こる。
土田警務部長の自宅にお歳暮を装った小包爆弾が届けられ、土田夫人が爆死してしまったのだ。
ーー中略ーー
この経験は、警察官の心理に深刻な影響を与えた。
それはそうだろう。
犯人を射殺すれば人権は弁護士に殺人罪で告発され、武器使用の正当性を主張すれば家族が狙われれるのだ。
武器使用に対して臆病になり、法律で規定されている以上の自己規制を加えるようになるのも当然である。
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当時、都内で発生する殺人事件は二百件程度だった。
それを聞いたリンゼイ市長(ニューヨーク)は、「それは一ヶ月の発生件数か?」とお尋ねになる。
一年間の件数だと答えると、飛び上がらんばかりに驚いていた。
さらに、都内の殺人事件の検挙率が99%だという話が、犯罪都市の市長を驚かせる。
「どうしてそんなに検挙率が高いのか」と訊かれたが、
「我が国の警察が優秀だからだ」などと正直に答えたのでは、アメリカの警察をバカにしていると受け取られかねない。
そこで「日本は人口過密だから、目撃者のいない殺人事件はありえないのです」と答えると、
リンゼイ市長は大笑いしていた。
街へ出ても、市長の驚きは続いた。
地下鉄の構内は清潔で安全だし、夜でも銭湯通いの若い女性が薄着のまま洗面器にタオルと石鹸を入れて歩いている。
彼はそれを見て、「おい、あの女性はレイプされないのか」と心から心配している様子だった。
「この国では、そういうことは滅多に起こりません」と答えると、
リンゼイ市長はまるで不思議の国に迷い込んでしまったような表情で、信じられないというように首を振っていたものである。
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暴力団対策法は、初めて「暴力団」という組織を、一般社会の他の団体から切り分けて特別に規制できるようにしたものだ。
ーー中略ーー
暴力団対策法では、このほか「縄張」や「用心棒」、「指詰め」、「入れ墨」などの暴力団特有の言葉が初めて法律用語として規定されている。
一般に、外国のマフィアは犯罪的秘密結社であり、一般社会とは連続性がない非公然組織だといわれる。
ところが日本の暴力団は、一般市民と同じ生活の場で組事務所を構える公然組織であり、組員も代紋(組のバッチ)を胸に着けるなど、一般市民社会との連続性が見られる。
ここに暴力団の最大の特徴があるわけだ。
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彼(山口組三代目田岡組長)は昭和21年に株式会社を設立させたのを皮切りに、
山口組の威嚇力と資金力を背景に昭和30年代以降、港湾荷役業界、興行界、土木建築業界において次々と表社会の利権を獲得していった。
たとえば昭和41年には神戸港船舶荷役業者の3分の1を山口組系列化におさめ、取引数の2分の1を支配したと言われる(後に、この事態は兵庫県警の徹底した取締りと暴力団排除活動によって業界浄化が行われ、企業経済活動の健全性が図られた)
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堅気の企業とマフィアの企業が経済取引をした場合、どちらが勝つか。
FBI幹部はこう断言する。
「答えは簡単だ。百パーセント、マフィアが勝つ。
なぜなら、堅気の会社は合法的手段しか取り得ないが、マフィアは合法・半合法・非合法、殺人から普通のビジネスまで、どの手段でも状況次第で自由に選択できる。
戦争はフリー・ハンドを持っている方が必ず勝つ。
そして一番難しいのは、相手がマフィアかどうかわからないことである・・・」
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この事件(浅間山荘事件)で逮捕した連合赤軍の犯行グループが八百万円ぐらい現金を持っていた。
この金は信用金庫や郵便局で強盗したものですが、この八百万円を強奪したものだと立証できない。
ですから、いったん証拠として押収したものの没収できない。
奪われた金融機関の方も、損失は保険でカバーできているし、なによりも過激派と関わるとあとの報復が怖いものだから、積極的に捜査協力しない。
結局、八百万円は連合赤軍に返却せざるを得なかったのです。
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