Quantcast
Channel: 読書は心の栄養
Viewing all articles
Browse latest Browse all 1745

「俺が行きます」

$
0
0

管直人が福島原発に行く前、ベントを福島原発内で職員が考えていたころ

「みんな、聞いてくれ」
息を吸い込んだ伊沢は、こう言った。

「緊対からゴーサイン(ベントの許可)が出た場合には、ベントに行く。
そのメンバーを選びたいと思う」
一同に緊張が走った。

「申し訳ないけれども、若い人は行かせられない。
そのうえで自分は行けるというものは、まず手を挙げてくれ」

線量の高いところに、若い人間を行かせるわけにはいかない。
そのことだけは、伊沢は決めていた。

静寂が中操(中央制御室)内を支配した。
全員が伊沢の顔を見て、視線を逸らさない。
この時、伊沢の顔は、こわばっていたかもしれない。

―ー中略ーー
5秒、10秒・・・誰も言葉を発しない。
そこにいる誰もが自分が言うべき「言葉」を探していたのである。

一瞬の間があいた。

沈黙を破ったのは、伊沢自身だった。
「俺がまず現場に行く。一緒に行ってくれる人間はいるか」

そう伊沢が言ったとき、伊沢の左斜の後方にいた大友が口を開いた。
「現場には私が行く。伊沢君、君はここにいなきゃ駄目だよ」

すかさず右後方にいた平野が言葉を重ねた。
「そうだ、お前は残って指揮を執ってくれ。私が行く」

二人の先輩当直長がそう言った瞬間、若手が声を上げた。
「僕が行きます」
「私が行きます」

若い連中が沈黙を破って次々と手を挙げた。
それは、あたかも重苦しい空気を破るための”堰”が切れたかのようだった。


中操内は、薄ぼんやりしている。
灯りは、サービス建屋入口に持ち込まれた小型発電機につながれた二、三本の蛍光灯だけだ。


伊沢には、手を挙げてくれた運転員たちの表情がよく見えない。
それでも、伊沢には、それは驚き以外のなにものでもなかった。

「私からすれば、手を挙げてくれたのが、若いクラスですからね。
そんな人数は必要ないのに、人数以上に手が挙がりました。
まだ30そこそこの中堅クラスです。ビックリしました。」

伊沢は言葉が出なかった。
申し訳ないけれども、若い人には行かせられない、とあらかじめ言ったにもかかわらず、
中堅どころが次々と志願してくれたのである。

無性にありがたかった。

伊沢は驚きとともに、日頃、仕事を一緒にしている仲間のことが誇らしく思えたのだ。


死の淵を見た男 門田隆将 より


Viewing all articles
Browse latest Browse all 1745

Trending Articles