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FBI秘録 ティム・ワイナー

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著者はCIA秘録の著者(ここここ

CIA秘録と比べると数段落ちる
これは、ひとえにFBIのほうが歴史も若干古く、経験も積んでいてあまりヘマをしない、とか
CIAと違って国内ネタが多いので関心が薄いというのがあるのかもしれない。

日本では戦前、治安維持法というのがありました。
主に共産主義者を摘発するためのもので、法の拡大解釈がなされた、とされています。
FBIも似たようなことを行っており、日本よりも徹底していたように思えました。

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フーヴァー(初代FBI長官)は、拡大した情報提供者のネットワークを動員した。
捜査局捜査官、陸軍及び海軍情報将校、米国擁護連盟、在郷軍人会の指揮官、警察署長、会社経営者、銀行家、保険業者、電信電話会社からの報告や断片情報をしらみつぶしに調べた。

「赤」のほうも労働組合、工場、境界、学校、大学、新聞、雑誌、婦人クラブ、黒人組織などに潜り込もうとしていた。

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1938年
米国をスパイしていた外国の諜報機関は日本とドイツだけではなかった。
ルムリッヒが二年の刑を宣告されて刑務所に入った頃、ミハイル・ゴリンという名前のソヴィエト諜報員がロサンゼルスで逮捕された。
この種の事件で初めて、ソヴィエトが米軍内にスパイを確保したとして告発されたのである。
この潜入スパイは、米海軍諜報部(ONI)、フーヴァーにとっては外国のスパイ活動の秘密を知る最高の情報源、のためにはたらいていた人間だった。

ルーズベルト大統領は憤慨して、
「我が国で行われているこのスパイビジネスへの対応ではわれわれの心構えがかけていた」
「諜報機関を強化する以外に外国工作員の活動に対抗する方法はない」
と述べた。

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ルーズヴェルト大統領は、真珠湾攻撃の後収容所へ送った日本人及び日系米人11万2000人の監禁を命じたが、フーヴァーはこれには賛成ではなかった。
人種に基づく投獄を望まなかったのである

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ロナルド・レーガン時代
ウェブスター判事のCIA長官就任は、CIAにおける一つの時代の終わりを画した。
クラリッジは語っている。
「おそらくウェブスターの自負、対外問題での経験不足、田舎町的アメリカの世界館はわれわれも克服出来たと思う。
だがわれわれに克服できなかったのは、かれが弁護士であるという事実だった。
弁護士として、そして判事として受けた訓練は、違法なことはなにもしない、ということに尽きた。
ところがCIAが海外で行動するのはまさにその違法なことをするためである。
かれはこの点をなんとしても受け入れられなかった。
われわれは彼らの国の法律を破る。
それが情報を集めるやり方であるからだ
」。

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FBIが米国内でもっとも高く評価していた中国スパイ情報源、政治的コネを持つカトリーナ・リュング(陳文英、英語名はチャン・マンイン、結婚後はカトリーナ・リュング)というカリフォルニア女性が、1980年代と1990年代を通じて中国のためにスパイを働いていたことだった。

彼女はその間、担当捜査官のFBI中国班トップ、ジェームズ・J・スミスと性的関係を持ち、
ときにはFBIの中心的な対中国防諜専門家の1人、ウィリアム・クリーヴランドとも情を通じていた。


ここまで
この人、ネットで調べてもパッとしない容貌なんですよね・・・だからなんだってわけでもないんだけど・・・




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