東条内閣で国務大臣だった岸信介は、東条に対して退陣を迫るが、
逆に東条から辞表を出すよう迫られる。
「僕は東条さんに親任された大臣ではない。
天皇陛下の御親任でなった大臣だ。
戦争を好転させる見通しもなく、漫然と辞職することは陛下に対する責任感が許さない」
そういって頑張る岸に、今度という今度こそ、はっきりとした形で生命の危機が訪れた。
話を聞いて憤激した東京憲兵隊長の四方諒ニ(東条の側近)が大臣官邸に乗り込んできて、
軍刀を突きつけたのだ。
「東条閣下が右向け右、左向け左といえば、閣僚はそれに従うべきではないか。
反対するとは何事か!」
いまにも斬りかからんばかりである。
普通の人間なら震え上がる場面だろう。
だが岸は恫喝に屈しない。
それどころか大きな眼を見開いて
「だまれ、兵隊!
お前みたいなのがいるから、このごろ東条さんは評判が悪いのだ。
日本において右向け右、左向け左という力を持っているのは、天皇陛下だけではないか。
下がれっ!」
と一喝したのである。
裂帛の気迫に押された四方は、
「覚えておれ!」
と捨て台詞を残して部屋を出て行った。
「叛骨の宰相 岸信介」 北康利 より
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東条内閣を真っ向批判する岸信介
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