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Channel: 読書は心の栄養
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小村寿太郎、アメリカで日系人と会う

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小村がシアトルに到着し、ニューヨークまで鉄道のたびに出る。

その日の午後、小駅に停車した時、随行の本多が窓の外を指さした。
線路際に五人の粗末なズボンとシャツを着た男がより固まって経っていた。
彼等は、日の丸の書かれている布をつけた太い枝を立てて、こちらに視線を向けている。
顔は日焼けして赤黒く、体格のたくましい男たちで、足は土埃に汚れていた。

小村が立つと、二、三の者が続いた。
かれは、後部扉を押して展望台に出た。
男たちが身を寄せながら近づいてくると、小村たちを見上げて何度も頭を下げた。
布は古び、日の丸は少し歪んでいた。

「お前たちは?」
小村が、声をかけた。
かれらは口ごもっていたが、旗を持った背の高い男が、
「私達は、白人に雇われております木こりで、駅から八里離れた森林で働いております。
大臣様御一行が通過する話を耳にし、旗を担いで夜中歩き、この駅でお待ちしていました」
と、途切れがちの声で言って頭を下げた。
他の者も、それにならった。
「旗を作ったのか」
小村は、いった。
「はい、ありあわせの布に染料をつけ、立樹の枝をはらって竿にしました」
男は、枝を握って答えた。
小村は、彼等を見つめ、
「よく来てくれた。皆も達者で仲良く働いてくれ。」
と、静かな口調で言った。

彼等は深く頭を下げてお辞儀をしたが、顔を上げた彼等の頬には一様に涙が流れていた。
肩幅の広い大柄な男は、体を震わせて嗚咽している。


機関車の鐘が鳴り、汽車が動き出した。

男たちは、小村に向かって再び姿勢を正すと頭を下げた。
小村たちは、遠ざかる彼等を見つめていた。
小村の眼には光るものが湧き、随行員たちはしきりに眼をしばたたいていた。


客席に戻ったかれらは、黙しがちだった。
小村は、久水領事からきいた話を思い起こしていた。
昨年8月、貧しそうな日本人労働者が領事館を訪れてきた。
久水は、帰国の船賃でも乞いに来たのかと思ったが、
労働者は、ポケットから20ドル金貨一枚を出し、僅かであるが祖国に寄付したいので送ってほしいといった。
男は、二十里以上も離れた地で鉄道工夫に雇われているが、金貨を届けるために歩いてきたのだ、という。


小村は、線路際に立っていた五人の男の姿に、遠くアメリカに移民としてやってきているかれらが、祖国のことを心から気遣っていることを強く感じた。

ポーツマスの旗」 吉村昭 より

ここまで

国を思う気持ちがひしひしと伝わってくる出来事です。


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