本日8月6日は、アメリカがわが国の広島市に原爆を落とした日です。
そして、この日をきっかけに、放射能が危険だということが大きく叫ばれるようにもなっていきました。
いずれにせよ、ここで言えるのは広島の原爆で亡くなった方の理由の
「ほとんど」は放射能ではなく、爆発によるものだ
「ほとんど」は放射能ではなく、爆発によるものだ
ということです。
たしかに原爆の爆心地の近くに居た人は高線量の放射能を浴びたはずです。
が、それと同時に考えられないくらいの熱を浴びたはずです。
広島市に行けば見られる「影が焼き付いたもの」も全て爆発の多量な熱によるものです。
広島市に行けば見られる「影が焼き付いたもの」も全て爆発の多量な熱によるものです。
核について私たちが脅威を持つべきなのは、放射能よりもむしろ、その発する熱量であると考えます。
原爆と原発は言葉は似ておれども、全く異なるものです。
広島市の市長も「原爆と原発を分ける」と述べておられます。(ここ)
広島市の松井一実市長は「原爆の日」の8月6日に営まれる同市の平和記念式典で読み上げる「平和宣言」に、原爆と原発事故は別物との認識を明確にしたうえで、エネルギー政策に関する内容を盛り込む予定のようでした。
各種団体の圧力に負けずに是非盛り込んでほしいものですが、残念ながら明確に述べることはありませんでしたね
広島市の市長も「原爆と原発を分ける」と述べておられます。(ここ)
広島市の松井一実市長は「原爆の日」の8月6日に営まれる同市の平和記念式典で読み上げる「平和宣言」に、原爆と原発事故は別物との認識を明確にしたうえで、エネルギー政策に関する内容を盛り込む予定のようでした。
各種団体の圧力に負けずに是非盛り込んでほしいものですが、残念ながら明確に述べることはありませんでしたね