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日本人の甘え

日本町人国家論」 天谷直弘 より

以上の町人の道と武士の道のほかに、第三のうまい道があるのではないかという幻想がある。
すなわち、都合に応じて武士になったり町人になったりしようというわけである。

武士のように威張りたい、カッコ良いことも言いたい、
同時に町人のような贅沢もしたい。
武士としてのやせがまんも町人としての揉み手もともにしたくない、
いかなる場合にも金は出したくない、負担は避けて通りたい。

少し具体的に言えば、
安い灯油をたくさん欲しい、しかし「油乞い」などいやしいことはしたくない、
産油国に対して唯々として経済協力などすべきではない、
IJPCプロジェクトに対して200億円も政府資金を出すのは税金の無駄遣いである、
米国に対しては反米的と見られてもしかたがないほど毅然としていなければならない、
しかし、ホルムズ海峡の安全維持は米国に期待する。

石油メジャーは悪いやつだ、
しかし日本が消費する油の半分はメジャーによる安全供給に強く期待する、
石油会社も電気会社ももうけてはならない、
「差益」は耳を揃えて吐き出さなければならない、
いかなる理由であれエネルギー増税には反対する、
しかし、政府、石油会社、電力会社はいかに金がかかろうとも、油田を開発し或いは代替エネルギーを開発しなければならない。

「ベトナムに平和」とは(元手がかからないので)声高に叫ぶが、ベトナムやカンボジア難民に対しては(元手がかかるので)なにもしようとしない、などなど。

以上はすべて、タダ乗り、ただ飲み、ただ食いの精神であって、現世を生きていく上にこのような心構えは有害無益である。
しかし、世の中にはこういう虫のいい幻想を抱いている人も時たま存在している。
そのような存在に対しては、腹ふくるる思いに堪えないので、言わずもがなの蛇足を付した次第である。

見通し論として言えば、私は必ずしも、日本がいつまでも町人の国として踏みとどまっていることができると信じているものではない。

たとえば、一方で米国が他国の安全保障のために戦う意思と能力を欠くに至り、
他方では友好善隣条約の名のもとに隣国への武力進出を平然として行う大国が存在し続けるならば、
それでもなお、日本が町人の国としてとどまるべきか否か、それこそ大問題である。

しかしながら、今日現在に関するかぎり、日本国民はこのような運命的選択を行おうという心境から程遠い。
戦後30年、奇跡的にジャングルの平和が保たれたので、今日でも「兎の天国」はいつまでも続くと思っている人々が少なくないのである。
こういう国民的意識の現状を考えるならば、日本国民が当面為すべきこととしては、
おめでたい家兎から、もう少し狡知にたけた野兎に進化することが肝要であろう。

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