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阿片王 満州の夜と霧 佐野眞一

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阿片王と呼ばれた里見甫(はじめ)の伝記
正直、タイトルにもあるアヘン取引に関わるお話が明らかに不足している
その前後の話ばかりで正直面白くない。

私としては、彼がどういう理由でアヘン取引を行ったのか、
そしてそこに国家がどう関わり、それはなぜなのか
というのを詳細に説明してほしかった。

里見によると、上海には常にアヘンを必要とした人間が人口の約3%、
実数にして10万人いた事などを告白している。


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当時の上海を象徴する有名人に、鄭蘋如という女スパイがいた。
中国人司法官の父と日本人の母の間に生まれた鄭蘋如は、
人並み外れた美貌の持ち主だった。
鄭蘋如はその類まれな容姿で、時の日本国総理大臣・近衛文麿の息子で、
当時、東亜同文書院に留学中だった近衛文隆に近づいた。

長身でハンサムボーイの近衛文隆は、プリンストン大学留学中からプレイボーイとして知られていた。
鄭蘋如と近衛文隆の美男美女カップルが夜な夜な上海の盛り場を遊び歩く姿は、日本政府を慌てさせた。
二人の仲が日中関係悪化の原因となることを恐れた近衛家では、文隆を急遽帰国させる強硬手段に出た。

鄭蘋如はその後も、敵国日本の情報を取るため、日本側諜報機関のジェスフィールド76号のボスの丁黙邸に色仕掛けで接触し、丁黙邸を危うくテロの凶弾に倒れる危地に陥れた。
それからまもなく鄭蘋如は逮捕され、ジェスフィールド76号の館に囚われの身となった。

ここまで
鄭蘋如をモチーフにした映画が、アン・リーの色戒(ラスト・コーション)だそうです。

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当時の中国にはアヘンの吸烟所が日本の郵便ポスト並みにあり、
アヘンを吸うことはさして罪悪だとは思われていなかった。

ーー中略ーー
里見の証言でもう一つ注目すべきなのは、蒙古産アヘンの取扱量の多さである。
その量はペルシャ産アヘンの実に2500倍にも達している。
これは、第二次世界大戦の勃発でヨーロッパに火の手が上がり、
ペルシャ産アヘンの輸入が思うようにいかなかくなったことを意味している。


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