著者は、元々東大の物理を専攻していた人で、今は作曲家兼指揮者
本を読んでいて科学を愛していることが伝わってくる。
色々と考えさせられるいい本です。
ノーベル医学生理賞をとったジェームズ・ワトソンは黒人差別などの発言を繰り返していたが、
彼が自分の遺伝子を最初に公開したこともあって、
人々が彼の遺伝子を解析した結果、彼の遺伝子は平均の白人より16倍もアフリカ系黒人系の遺伝子を受け継いでいることが判明したそうです。
こういう科学者の妄言に科学で反論するのは痛快です。
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科学は決して一人の力でできるものでなく、多くの人の協力で成立するものです。
と同時に、科学は多くの人の才能を伸ばすことで成立するものでもあります。
この点ちょっとでも出る杭があると叩きつぶすことに汲々とする日本の風土は、
クリエイティブなサイエンスを育てるのに、きわめて不向きです。
世界中に学術の競争はありますが、日本はとりわけ「自分も若いとき我慢した」という年長者が、下の世代を押しつぶす、明確な傾向を持っています。
ーーー中略ーーー
若い研究者に圧力をかける一方で、大家に「ノーベル賞が出た」というと「母校」や「ゆかりの大学」がお祭りをしたり、後追いで「文化勲章」を出したりしますが、
その業績は彼らが若い時代に上げたものです
とりわけ海外で業績を上げた人がなぜ日本から出て行ったのか?
真面目な反省や検討が大切なはずですが、お祭り的な報道の中に全く顔を出しません。
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1951年に結ばれたサンフランシスコ講和条約です。
ここで日本は「賠償は役務賠償のみとして、米国に対するあらゆる請求権を放棄」することを約束しました。
これによって日本「政府」は、公式には原爆についてもアメリカを批判する発言ができなくなってしまいました。
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この年1965年は原爆投下から20年目に当たりました。
ノーベル財団は、マンハッタン計画で原爆の核弾頭の基礎計算で最も力を発揮した物理学者に賞を出します。
リチャード・フィリプス・ファインマンです。
ーー中略ーー
原爆を具体的に設計した物理学者にノーベル賞が与えられるのは、投下から20年目で初めてのことでした。
ここでノーベル財団は原爆心臓部を設計したファインマンと抱き合わせに、
日本の朝永振一郎博士に博士に物理学賞を授与しています。
さらにこの年、戦時中レーダーの開発に関わったアメリカのジュリアン・シュウィンガー博士も共同受賞として、アメリカ2対日本1で、3人の定員を埋めるのです。
3人とも業績だけで考えれば、どの一人で単独受賞しても誰でも納得する、超弩級の理論物理学者です。
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67年のノーベル物理学賞は「恒星内のエネルギー発生過程の解明」つまり
太陽がどうやって燃えるかを明らかにした業績でハンス・ベーテ博士に授与されました。
ベーテはユダヤ系ドイツ人で、ナチスの政権奪取とともにアメリカに亡命した大理論物理学者であり、「マンハッタン計画」の理論面のチーフでした。
ーー中略ーー
この年(1968年)のノーベル物理学賞は、素粒子物理実験で「共鳴状態」と呼ばれる多数の「寿命の短い粒子」群を発見したアメリカ人、ルイス・ウォルター・アルヴァレズ博士に贈られました。
しかし、このアルヴァレズ博士は原爆製造の「マンハッタン計画」で、核爆弾の最終的な効果を測定、評価する、直接の担当者でもあった人物なのです。
アルヴァレズは原爆完成後の投下~威力評価という最終段階の「評価」を担当し、
アルマゴルド砂漠での最初の核実験と、広島の原爆投下に立ち会いました。
広島では投下された「リトルボーイ」を積んだ「エノラ・ゲイ」号の約1キロ後ろを追いかけて広島上空を飛行、原爆のキノコ雲を真上から見ています。
(ノーベル財団のHPからも確認可能)
ーー中略ーー
ここでノーベル財団が下した結論は、同じ1968年のノーベル賞で、川端康成氏に対して「文学賞」を授与するというものでした。
ーー中略ーー
原爆投下への謝罪として日本の文化と精神を国際的に高く評価する。
いわば「究極のパワーバランス」が配慮されたと思います。
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試みにノーベル自然系3賞の受賞者を年代別、国別に集計してみると、
1945年以後、米国科学者への受賞が急増して、冷戦後期以後は全体の6割を占めているのがわかります。
といってもこれは「アメリカ生まれのアメリカ人」ばかりが優秀なのではなく、
欧州も日本も含めて、世界の知性がアメリカで活躍の場を得ていることを示すものです。
そして、こうした人事の交流に、日本の大学・研究機関は大変に消極的なのです。
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日本では、ノーベル賞が出ると、あわてて後追いの文化勲章が出ることが非常に多いです。
逆に言えば、海外から賞をもらうまで、国内で研究者は社会的に有り難がられていません。
大半の日本のノーベル賞業績は、ビックリするほど昔に完成された研究が、国内では化石のように眠っていて、海外の後続研究、とりわけ実用化が引き金となって発掘、受賞に至るケースが殆どなのです。
江崎玲於奈博士は「日本は評価をしないというより、避けようとする社会だ」と断言しています。
実際、江崎さんの業績にいち早く着目し、ヘッドハンティングしたのはアメリカのIBMでした。
IBMに移った江崎さんは怒濤のような業績を上げてノーベル物理学賞を受賞しましたが、
すべては米国側のバックアップによるものです。
こうした現象の全体を「頭脳が流出せざるを得ない」日本の問題として考える必要があります。
ある科学技術の業績を評価するとき、実は一番問われるのは「評価する側」です。
きちんとした評価を下すためには、大変な労力や予算が必要不可欠なのです。
一番面倒な部分を回避して、「舶来の評価」への追随と、根拠不明の権威主義がまかり通っているのが、今の日本の現実の姿です。
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「特許」「知財化」というと「お金儲け」のように聞こえますが、
ここで一番重要なのは、特許化することで「技術がデビューできること」にあります。
知財化されていない技術は、どこで誰の特許を侵犯しているか分かりません。
もしうっかり大量生産に使って、あとから「あなたの会社の技術はうちの特許を侵害しているから、権利料を支払ってください」といわれてはたまりません。
ですから、素性の分かった技術以外は、産業に応用されにくいのです。
きちんとした「知財化」が整えば、新しく得られた技術でも安心して誰もが使うことができ、世の中の役に立ちます。
また、影響力の大きい技術なら、利用者から支払われる権利料の収入を、お金儲けに直結しない基礎研究を進める研究資金に充てることができます。
こうして企業の営利と直結しない研究に投入できる資金が潤沢に得られれば、
人の命に関わる大切な基礎科学を推進する準備が整うでしょう。
こうしたお金の流れを、この本では「研究資金の好循環」と呼ぶことにします。
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さまざまな歴史的経緯によって、日本では大学向けの基礎研究資金の多くを国が負担しています。
企業は自社内で研究開発を行って、基本的に大学をパートナーとは考えていません。
一方日本の大学は、大半が国から支給されるお金(「公的研究資金」と言われます)で研究して、
成果は「論文」として発表され、多くの場合特許など取りません。
このため日本の大学からは「世の中で使える技術」として社会にデビューする業績は少なく、
ただただ「論文」だけが作られてゆきます。
そしてこの「論文」によって元来は税金である国の研究費の配分が決定されます。
論文は「権威ある専門誌」に発表されたものが珍重され、
雑誌の名前に「格付け」がされています。
山中教授が投稿した「セル」や「ネイチャー」などは「格」の高い雑誌とされています。
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希望が持てる気がするのは、田中さんの業績を見抜けなかった事実を真剣に直視した島津製作所が、
企業の立場から「知の好循環」に積極的に取り組んでいることでしょう。
現在も田中さんは現場を離れることなく、たった一滴の血液から多くの病気を診断できる新しい装置の開発など、
国内企業に在籍しながら、世界を牽引するオリジナルな仕事に取り組んでいます。
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日本にノーベル賞が来る理由 伊東乾
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